僕とふみちゃん

18年前に出会った僕たちは、再会しました。

辞める

殆ど出勤しないままに3月を迎え、僕はバイトを辞めた。バイトなのに送別会までしてくれて、ありがたくて大好きな職場だった。


最後の日、田中さんには会えなかった。

その時は体調不良とだけ聞いていたのでメールした。


「今までありがとうございました。出産までに田中さんの送別会企画してるんで是非来てください‼」


『ありがとうございます。また皆さんで会いたいです』





その年の7月にその約束は果たされた。


お腹はまんまるで母の顔をして髪をショートにした彼女の送別会が開催された。


普段からゆっくりの彼女はさらにゆっくり歩いているように見える。いとおしそうにお腹に手を当てながら。


スタッフの中に、田中さんが新卒で入社する前からバイトしてて、密かに彼女を狙ってた奴がいた。(汚いいい方ですみません)


今は辻村さんの彼氏の山村君だった。


田中さんの事を親しげにかわっちと呼ぶ。


ムカつく。


いや、ムカつける立場では無いけれど。



田中さんが結婚したときは、結構落ち込んでたらしい。


ファンが支店にも結構いたらしいけど、田中さん本人が気付かないらしい。(気づいても困るだろう)天然でよかった。



『かわっち~(^-^)お腹おっきくなったなぁ』

馴れ馴れしい。



『そうなんですよ~。重くって。

良かったらさわってもらえます?その方が安産になるらしくて(^-^)』


山村くんだけでなくて、数人の男女スタッフがそっと触って、口々にかたーいだのスゴーいだの言っている。


何!!!?触らせるの?

しかも、お願いしてる。

二人目の余裕なのか、母の強さなのか。



僕も触りてーーーーー!と心のなかで叫ぶ。



結局、興味ないふりをしてこの日は彼女のナイトに徹した。

そっと斜め後ろにつき、転けないか気にかけて歩く。


就職先の話を聞いてもらう。今思っても話を聞いてもらうばかりで、彼女の重い話を聞く事はなかった。





暫くしてその時はやって来た。全然何て事無い階段を彼女より先に降りる。


そっと手を出してみる。


「姫、足下気を付けてください」


俺、何言ってんの(赤面)

もう僕じゃなくて、俺になってる。


ちょっとびっくりしつつもクシャクシャの笑顔で

『ありがとうございます(^-^)』と手を出しててくれた。


階段を降りても手を話さないで歩いてみる。


『井原さん。もう大丈夫ですよ~』


と、彼女の手が離れた。




僕は、どうしたかったんだろう。

決まる

年が明けて。


何とか就職も決まった僕は、それまでに遊ぶべくバイトもそこそこになっていった。

掛け持ちもしていたので、CDショップの方を早めに辞めようと考えていた。


二人だけの昼休憩の時、田中さんに伝える。すると、思いがけない事を打ち明けられた。


『私、6月で退社することにしたんです』


もう、くそ店長にも相談すみだという。



僕は少しショックだった。

でも、待てよ?今2月だぞ?

いくら真面目だからって引き継ぎ期間長くない?



『実は、二人目を妊娠して…』



彼女が言うにはこういうことだった。


・年末に妊娠がわかったけど、同時期に自宅に義祖母が引き取られ、義母による介護が始まった。


・義母さんがお子さんの面倒をみるのが大変になってきている。(保育園にいれているけど、田中さんの遅番の時などお迎え等すべて)

それなのに二人目は面倒みられない。


同居してるが故に、二人目出産と同時に仕事を辞めざるを得なくなったのだった。


産休ギリギリまで働くとなると6月までということになる。

彼女らしいと思った。



ということは、ここへ来てももう田中さんに会えないということだ。

この時、初めて僕たちは電話番号とメールアドレスを交換した。



「出産前にみんなで飲みに行こう」(今、考えても飲みの席に妊婦誘うなんて思考はアホかも)


「しんどかったらいつでも愚痴を聞くよ」(僕が聞いてほしかっただけ。実際、会社の研修がキツくて電話したのは僕。)




そう言ったけど、そんな案件で電話がなったことは一度も無いように記憶している。

年末

その年は結構な就職難で、僕もこれに関しては例に漏れずきつい思いをしていた。

バイトも入れる日が少なくなってきていたけど、田中さんの出勤日は変わらないので、僕が出勤するとほぼ田中さんいた。


久々に会うと必ず聞いてくれる。

『元気にしてます?論文大丈夫ですか?』


全然問題なかったけど、慰めてほしくて

「就職活動きついっすわ~。就職浪人なったらどうしよ」とか言っていた。


と、聞いてもないのにお姉さま方が話し出す。


矢野さんは『就職浪人カッコ悪~。がんばりよ~』と、ガハハと笑い飛ばす。


もう1人の社員さん辻村さん(女性)は

『井原くん、奥さんおるねんから弱音吐いたらだめ!』と、なぜか怒り気味。


肝心の田中さんは、心配そうに微笑んでうんうんと相槌を打っている。


そのあと、倉庫で在庫整理をしていると田中さんがやって来た。


『さっきは変な風に振ってしまって、ごめんなさい。嫌な思いされませんでした?』


そう。彼女はほんとに気にしいだった。この頃は自分がした事に対してもされた事に対しても。


謝られた事が何に対してなのか、暫く解らなくて、僕がフリーズすることもしばしばだった。