殆ど出勤しないままに3月を迎え、僕はバイトを辞めた。バイトなのに送別会までしてくれて、ありがたくて大好きな職場だった。
最後の日、田中さんには会えなかった。
その時は体調不良とだけ聞いていたのでメールした。
「今までありがとうございました。出産までに田中さんの送別会企画してるんで是非来てください‼」
『ありがとうございます。また皆さんで会いたいです』
その年の7月にその約束は果たされた。
お腹はまんまるで母の顔をして髪をショートにした彼女の送別会が開催された。
普段からゆっくりの彼女はさらにゆっくり歩いているように見える。いとおしそうにお腹に手を当てながら。
スタッフの中に、田中さんが新卒で入社する前からバイトしてて、密かに彼女を狙ってた奴がいた。(汚いいい方ですみません)
今は辻村さんの彼氏の山村君だった。
田中さんの事を親しげにかわっちと呼ぶ。
ムカつく。
いや、ムカつける立場では無いけれど。
田中さんが結婚したときは、結構落ち込んでたらしい。
ファンが支店にも結構いたらしいけど、田中さん本人が気付かないらしい。(気づいても困るだろう)天然でよかった。
『かわっち~(^-^)お腹おっきくなったなぁ』
馴れ馴れしい。
『そうなんですよ~。重くって。
良かったらさわってもらえます?その方が安産になるらしくて(^-^)』
山村くんだけでなくて、数人の男女スタッフがそっと触って、口々にかたーいだのスゴーいだの言っている。
何!!!?触らせるの?
しかも、お願いしてる。
二人目の余裕なのか、母の強さなのか。
僕も触りてーーーーー!と心のなかで叫ぶ。
結局、興味ないふりをしてこの日は彼女のナイトに徹した。
そっと斜め後ろにつき、転けないか気にかけて歩く。
就職先の話を聞いてもらう。今思っても話を聞いてもらうばかりで、彼女の重い話を聞く事はなかった。
暫くしてその時はやって来た。全然何て事無い階段を彼女より先に降りる。
そっと手を出してみる。
「姫、足下気を付けてください」
俺、何言ってんの(赤面)
もう僕じゃなくて、俺になってる。
ちょっとびっくりしつつもクシャクシャの笑顔で
『ありがとうございます(^-^)』と手を出しててくれた。
階段を降りても手を話さないで歩いてみる。
『井原さん。もう大丈夫ですよ~』
と、彼女の手が離れた。
僕は、どうしたかったんだろう。