僕とふみちゃん

18年前に出会った僕たちは、再会しました。

慰労会

職場は定休日が無く、シフト制だったのでみんなで飲みに行こうということが中々無い。

でも、くそ店長(田中さんを苛めてたの人は店長でした)以外は仲が良かったので、都合がつくメンバーだけで飲みに行っていた。


田中さんは時短勤務も復帰数ヶ月で終了し、遅番のシフトも入るようになっていた。遅番は社員が4人でまわしていて、小さいお子さんがいる田中さんにとっては、結構負担だったんじゃないかな…と今なら思う。


でもやっぱりそういうことは聞いたこともなくて、同居の義両親が面倒見てくれるから大丈夫と。

さすがに飲み会はまだ行けないかなってクシャッと笑ってた。


ある時、店長も入れた懇親会を、年に2回くらいしかない店休日の日にすることになった。

なんと幹事は、順番だからと田中さんが任されることになった。


短大卒で入社して社会勉強する間もなく結婚して出産して、義両親と同居なら遊びにも行けないんだろう。実際飲みに行けないって言ってたし。


数日後、気になってグルメガイドとにらめっこしてる彼女に声をかけてみる。


「田中さん、お店探し順調?」


きょとんととして僕を見る。そして、笑顔。


俺の事好きなんちゃうかなと、アホなことを思う。


『田中さん…に馴れなくて(笑)』


そう。店のみんな(バイトまでも)は旧姓"及川おいかわ"で彼女の名前を呼ぶ。

呼び捨てか、さん付けか。


僕のことは

呼び捨てかくん付けか。

彼女だけが井原さんだった(未だにこれで呼ばれる事多々。さすがに他人行儀すぎるので、僕が訂正する。)


『井原さん、相談してもいいですか?』


「おう。田中さんの言うことなら何でも聞くよー」


『またまた~(^-^)でも、ありがとうございます!』


照れ隠しというか、僕の中の彼女への淡い気持ちを本気で伝える訳にはいかなかったので、当時はこんな風におちゃらけて発散していた。と、思う


『井原さんはお酒よく飲まれますよね?このお店かこのお店だったらお酒のラインナップどっちが良いですか?お料理はこのコースかなって思うんですけど』


今と違ってネット検索するとお勧めの店が出てきて口コミが見られて…という探し方ができないので、お店決めは経験の少ない彼女には大変だったと思う。


でも、一生懸命皆に喜んでもらおうと調べている彼女はやっぱり素敵だった。



店休日のシャッターのしまった店の前で集合して、店に向かう事になり待合せ。


制服じゃなくて、長い黒髪をおろした田中さんに会うのは2回目だった。母とは思えない佇まい。田中さん1番、僕が2番。先に来てる彼女の後ろから照れ隠しの声をかける。


「なーなー姉ちゃん、茶ー飲みに行かへん?」


一瞬、びくっとなる田中さん。


振り替えって僕をを見上げた彼女のクシャッとした笑顔。


『行きましょか?(笑)』


(やっぱり、僕の事好きやろ)と思った。

ほんとにこう思う事は多々あった。




それが、勘違いでも無かったと僕が知ることになるのは

ここから十数年後だった。



当日も細かいことを気にして事前チェックしたり、わからない事は仲間に聞いたりしながら、会は楽しく終了した。


二次会は安定の不参加。


解散間際、酔っぱらいすぎてた僕は、彼氏持ちの矢野さんとハグ…してたらしい。


このときの事を再会後に彼女から聞くことになる。


後々、再会するまで何回かみんなで飲みに行ったが、ふみちゃんが二次会のカラオケに参加したのは1回だけだった。

その後

音楽の趣味も全然違うし、お酒をほとんど飲まない(今考えたら当たり前)田中さんと、酒豪の僕。仕事以外で話すことは殆ど無い…


と思っていたが、僕たちには他のスタッフに無い共通点があった。


それは既婚者ということ。


田中さんも僕も長くつき合った後の結婚だったこともあり、あるあるな話をしたり、老夫婦のようだと愚痴を言ったりしては笑っていた。


僕と相方の間に子供はいなかったけど、田中さんのお子さんの日々のちょっとした事を聞いているのは楽しくて、うちもいつかこんな風になるのかなと、こそばゆい気持ちになっていた。


今まであったばかりの人に興味を持つことなんてあっただろうか。指導社員(うちはバイトでもペアのスタッフが決められ教育する方をこう呼んでいた)もはじめてじゃない。


彼女はその雰囲気そのままのふんわりゆっくりした話し方で天然なところがあり、僕はなごませてもらっていた。


でも、そんなところが気にくわない上司に苛められるようになっていった。バイトの僕はそのくそ上司の機嫌を取って、そいつが彼女に八つ当たりしないようにするくらいしかできなかった。


それでも、悩みを相談してくれる事はあったけど、人の悪口はこの頃から本当に聞いたことがなかった。

とにかく言い訳しない、健気な彼女がいとおしくなっていった。

復帰初日

翌日、田中さん復帰初日。

昨日の黒髪ぽっちゃり彼女が、制服を着て出勤してきた。


この仕事はシフト制だけど、当時ほとんど学校に行かなくてよくなってる僕は朝から昼過ぎまで、時短勤務の田中さんは遅番のシフトは無く、やっぱり朝から夕方までの勤務。休みもしばらくは、指導する僕と同じになった。


復帰初日の休憩は田中さんと二人。


勤務中は接客中以外は眉間にシワを寄せてメモをはしらせ、緊張した面持ちだった彼女も休憩中は少しほっとしたようだった。


その日の社食の日替りは、忘れもしない焼き魚定食。魚は好きだけど食べるのが苦手な僕は違うメニューを選んだ。


田中さんは焼き魚定食。


きれいに身をほぐし、頭尾と背骨だけがきれいに漫画の様に残されている。

いいな…と思った。


「きれいに食べるね」


『妊娠中、カルシウム取らないといけないんで、小骨も食べてたら今も平気なんです。結構いけますよ。』


面白いかも(笑)


その後は初対面らしい当たり障り無い話をする。

少し打ち解けたところで、田中さんが切り出した。


『昨日はすみませんでした(>_<)』


え?何?

一瞬、なんのことかわからなくて。


「えーと…なんだっけ?」


僕にとっては覚えてもない、そんな些細なこと。

『店に伺ったのに、ご挨拶もせずに帰ってしまって。』


田中さんは社員だけど年下のせいか、僕には敬語だった。(これは、今でもほぼそのまま)


「あ~、全然問題ないっすよ~。気にしないでくださいね。もしかして、僕恐かった?(笑)」

冗談のつもりだったのに、図星を疲れたような顔をする。

傷つくなぁ。


『あんまり背が高いから、ビックリして。お顔も…そんなんだし』


「そんなん…って。」


『あ、でもお話したら凄く良い方で良かったです。ご迷惑おかけすると思いますが、よろしくお願いします。』


ペコッと頭を下げ顔全体クシャッとなる笑顔。


ペコッと…が表現としてぴったりなかわいいおじぎ。


かわいらしい…


この時から、僕は恋に落ちていたのかも知れない。